レジに立つ者のプライド

深夜のレジ劇場

──Fマート浪速人情店・深夜3時、レジカウンターにて──

店長「……おい中村。お前、今“いらっしゃいませ”の声、ちょっと気持ちこもってへんかったんちゃうか?」

中村「え、うそ?そんなつもりなかったんですけど……ほなもう一回“いらっしゃいませ”言い直してきましょか?」

店長「アホか。音量やない、の話や。声出しゃええってもんちゃう。レジに立つ者の誇りっちゅうもんがあるやろが。」

中村「あ〜出た出た、また店長の“レジ道”の話や。そろそろ本出します?『レジに生きる、レジに死ぬ』的な。」

店長「笑うなアホ。せやけどな、レジってのは客との一騎打ちの場や。ここには、愛想笑いとプライドのぶつかり合いがあるんや。」

中村「なんやそれ、レジってボクシングかいな。ゴング鳴ったら、いきなり“温めますか?”ってアッパー入れて、“ポイントカードお持ちですか?”でジャブ打つんか?」

店長「おぉ、ちょっと上手いこと言うたな。…けどな、ほんまやで?見てみい、今の時間や。深夜の3時。街の灯りも眠る時間に、わしらはレジに立っとる。これが誇りやないでなんやねん。」

中村「…たしかに。周りの友達がゲームしてる時間に、オレは“フォークありますか?”って聞かれとる。」

店長「せやろ?しかもな、“あるで”って答えても“ほんまに?”って顔されんねんで。」

中村「あれ、地味に傷つきますよね。疑われてる感じ。」

店長「だからや。だからこそ、わしらは“疑われても笑うプロ”や。レジに立つ者のプライドってのはな、“誤解されても腹立てへん心の強さ”や。」

中村「……そんなん、彼女に誤解されたときにも使いたい心やな……」

店長「……お前、またなんかあったんか?」

中村「いや、そんなんちゃいますよ。ただ、あの“笑顔で応える”っての、簡単そうに見えて、実はめっちゃしんどいなぁって最近思うてて。」

店長「そやな。深夜の常連に、“おい、ねーちゃんおらんのか今日は”って言われても笑えるかどうか。そこが勝負や。」

中村「そら無理やわ。ねーちゃん目当てで来とるんかーい!ってツッコミたなる。」

店長「せやけどな、それを笑って受け流せる男が、ほんまもんの“レジマン”や。レジマンって言葉、今わしが作ったけどな。」

中村「なんか“デビルマン”みたいに言いましたけど、響きええなそれ。“レジマン”。アメコミ化してみたらどうです?」

店長「アホ言うな。けどまあ、お前もな、最初の頃よりだいぶマシになってきた。レジでの受け答え、だいぶ“間”がよぉなったわ。」

中村「マジっすか?いやー店長に褒められるとか、うれしい反面、明日隕石でも落ちるんちゃうかってビビりますわ。」

店長「いや、そんときはFマートごと吹っ飛んでまうな。最後のレジに立っとくのは……わしや。」

中村「いや、店長そこは譲って!逃げてくださいよ、せめて!」

店長「アホ、レジに立つ者はな、どんな時も最後までレジを守るんや。……たとえ、レジスターごと燃え尽きようともな。」

中村「うわー…なんかかっこええこと言うてるけど、それ、火事現場で言うセリフちゃいます?」

店長「けどな、わしは本気でそう思てる。レジってのは、単なる“会計する場所”やない。お客さんとの一番近い接点や。ここで失礼があったら、全部がパァや。商品も清掃もシフト管理も、全部水の泡や。」

中村「……あのさ店長、正直聞いてええですか?」

店長「なんや?」

中村「そんなに熱くなれるの、なんでなんすか?……コンビニの、レジに。」

店長「……それはな。……わしが、このレジで救われたからや。」

中村の表情が一瞬、変わった。冗談交じりだった雰囲気から、ふと真剣な空気が差し込んだ。

中村「……救われた?どういうこと?」

店長「昔な、わしがまだこのFマート浪速人情店の店長になる前。ほんまに、どん底やった時期があってな。仕事も家庭もめちゃくちゃで……心が折れてた。」

中村「え……まじっすか。店長が?」

店長「せや。けど、ある日このレジに立って……深夜や。誰も来んと思ってた時間に、一人のおっちゃんが入ってきたんや。」

中村「うんうん。」

店長「そのおっちゃん、缶ビールとカップ麺だけ持ってきて、“兄ちゃん、夜遅くまでごくろうさんやな”って笑いかけてくれたんや。」

中村「……ああ……」

店長「たったそれだけや。でもな……あのときの“ひと言”に、わし、涙止まらんようになってもうてな……レジの前で号泣や。」

中村「ええ話や……けど、客からしたら“なんで泣いてんねん”ってビビったやろなぁ……」

店長「せやけど、それでわし気づいたんや。人ってな、レジ越しでも救われるんやって。」

中村「……」

店長「それ以来、わしはこのレジを、単なる“商品スキャンの場”やと思てへん。ここは、“心を渡す場所”や。せやから、誇り持って立っとる。中村、お前もそうあってくれや。」

中村は黙ってうなずいた。その目の奥に、どこか熱いものが宿っているのがわかった。

中村「……なんか、今日の店長、めっちゃかっこええっす。」

店長「せやろ?今夜はちょっと、レジマンモード全開やからな。」

中村「…けど店長?」

店長「なんや?」

中村「“レジに立つ者の誇り”とか語ってる最中に申し訳ないんですけど……」

店長「うん?」

中村「レジ下の棚、ポテトチップス食いかけのまま放置されてますけど……」

店長「……お前、それ言うな。」

──深夜3時15分、レジカウンター裏──

中村「いやぁ…あの“レジマンモード全開や”言うたあとに、食いかけのポテチ出てくるとはなぁ……ギャップすごすぎますわ。」

店長「ええやろ。人間味ってやつや。完璧すぎるヤツより、ちょっとヌケてるぐらいのほうが愛されるんやで?」

中村「いや、そもそもレジ下でポテチ食ってる店長は完璧から遠すぎるで。もう“親しみやすい”を通り越して“油っこい”ですわ。」

店長「うるさいわ。けどな、深夜帯にちょっとだけポテチ食べるこの背徳感がええんや。夜のレジには、昼間にない解放感があるからな。」

中村「あー、それはちょっと分かるかも。客も少ないし、店内BGMだけが流れるこの静けさ、なんか…心落ち着くんですよね。」

店長「せやろ。夜のレジは、孤独と向き合う場所でもあるんや。」

中村「急にまた詩人みたいになったで、店長。」

店長「けどほんまに、深夜っていうのはな、いろんな人の“事情”が見える時間帯や。昼間には見えへん、人生の裏側がな。」

中村「あ〜、確かに。酔っ払いのサラリーマン、泣きながら来るカップル、夜勤明けの看護師さん、朝刊取りに来るおじいちゃん……」

店長「みんな、何かを抱えてレジに来る。せやからこそ、わしらはその一瞬に全力注がなアカンねん。“いらっしゃいませ”の一言に、その人の夜を救う力がある。」

中村「……それ、マジで本出してええレベルの名言っすよ。」

店長「“レジに立つ者の心得十ヶ条”とか作るか?『その一、客を見て、心を視ろ。』『その二、温めるのは商品やなく、心や』みたいな。」

中村「おぉ〜、ええやんそれ!……って、まさか全部考えてたんちゃいますやろね?」

店長「ふっふっふ……ノートにまとめとる。」

中村「めっちゃ準備しとるやん!熱量すごっ!」

店長「そやけどな、こういうのを語れる相手がいるいうのは、ありがたいことやで。」

中村「あれ?またしんみりモード入った?」

店長「わしな、今までいろんなバイトと一緒に働いてきたけど……こうして、笑って、ふざけて、でもちゃんと“誇り”の話できるヤツってなかなかおらんかったわ。」

中村「……店長……それ、ほめてくれてます?」

店長「ああ。照れるなや。……けどな、それぐらいお前には期待しとる。」

中村「……ありがとうございます。」

一瞬、二人の間に静寂が流れる。夜の空気が、レジカウンターを包む。

そのとき──。

ピロン♪

ドアのセンサー音が響く。

店長「お、誰か来たな……深夜の3時半に……」

中村「……あの感じ、常連のあの人やな。」

ゆっくりと入ってきたのは、ダウンジャケットに身を包んだ、無精髭の中年男性だった。目はどこか虚ろで、手には缶チューハイとカップ焼きそば。

中村(小声)「あの人、よく来ますよね。“おつかれさん”しか言わへん人。」

店長「ああ、あの人な……昔、駅前の会社で課長してたらしいわ。」

中村「え!?そうなんすか?」

店長「リストラされてな。今は昼間、日雇い。夜はコンビニに来て、缶チューハイひとつで気分整えてから帰るらしい。」

中村「……そんな話、初めて聞いた。」

店長「せやからな、わしらは“普通に”接することが大事や。“かわいそう”も、“気の毒”もいらん。あの人が、いつも通りにここに来れる場所であることが、大事やねん。」

客がレジ前に来た。

店長「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。」

無言で品物を差し出す中年男性。

中村「袋、お分けしますか?」

中年男性は小さくうなずき、ふと、視線を上げてこう言った。

「……兄ちゃんら、ええ店やな……。また来るわ。」

その言葉に、二人は、ただ静かに頭を下げた。

──そして、客が出ていったあと。

中村「……今の、ちょっとグッときましたわ。」

店長「せやろ。あれが、レジに立つ者の“勲章”や。」

中村「言葉少ないのに、ちゃんと伝わるもんですね。」

店長「ほんまの“接客”ってのは、心でやるもんや。台本はいらん。“ありがとう”って言葉の重みは、口調やなく、気持ちの深さで決まるんや。」

中村「……なんか、オレ、今日でちょっと変われそうな気がする。」

店長「おぉ、そう言うたな? ほな、明日からレジマンバッヂ贈呈式やな。」

中村「え? それ物理的にあるんですか?」

店長「あるで。……ビニールテープで作った、レジ型バッヂや。」

中村「しょぼっ! いや、でも……もらったら多分、泣くわ。」

店長「せやからおもろいんや。バッヂの価値は、作りやない。その意味や。」

二人は笑い合いながら、もう一度、レジの清掃を始めた。
ビニール袋を補充し、釣り銭機をチェックし、カウンターのアルコールを吹きかける。
一つ一つの動作が、どこか丁寧で、誇りを持った者の所作に見えた。

──深夜4時。街に少しずつ、朝の気配が差し込む。

中村「……店長?」

店長「なんや?」

中村「オレ、ほんまに、レジが好きになってきたかもしれん。」

店長「……よう言うた。」

中村「なんか、レジって“仕事”やのに、めっちゃ“人”と向き合う時間なんすね。」

店長「せや。レジは、人を“さばく”場所やなくて、“見つめる”場所や。客を見て、自分を見て、誰かの人生にちょっとだけ関われる。……それが、レジに立つ者の誇りや。」

中村「……めっちゃええ話で締めたやん。今日、台本ありました?」

店長「ないわアホ。けど、レジに立っとるとな、不思議とそういう言葉が出てくるんや。」

中村「なるほど。……ほな、今日の夜勤終わりにポテチ、1袋ええですか?」

店長「……そんときは、ちゃんとレジ通せよ。誇り持ってな。」

中村「了解っす、レジマン先輩。」

──完──

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